★原水禁2017年世界大会 in 長崎★
8/7〜9、現地からのレポートはこちら

2018年02月21日

NoNukes3/4全国集会のご案内

福島原発事故から7年。
3月4日(日)に日比谷野外音楽堂で
NoNukes全国集会が開催されます。

集会終了後は銀座パレードが予定されています。
ぜひ、ふるってご参加ください。

■日時 2018年3月4日(日)
   13:00〜14:15  集会
   14:30〜     銀座パレード

●メインスピーチ 吉原 毅 氏(城南信用金庫相談役)

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2018年02月19日

2/3東京反核医師の会総会、記念映画上映会&講演会

2月3日、東京反核医師の会は第30回総会・記念映画上映会&講演会を開催し、35人が参加しました。
総会では向山新、矢野正明両代表世話人が、2017年9月4日〜6日IPPNW(核戦争防止国際医師会議)世界大会の参加報告を行いました。2017年7月7日に核兵器禁止条約が採択されたことを受け、今後の取り組みについて活発な論議が行われた旨を、スライドを用いて解説しました。

その後、映画「ザ・思いやり」の上映会および、監督の講演会に移りました。
「ザ・思いやり」は、在日米軍駐留経費負担、いわゆる「思いやり予算」をテーマにしたドキュメンタリーです。監督のリラン・バクレーさんはテキサス州出身のアメリカ人。
思いやり予算という通称は、1978年、日米地位協定の枠を超える法的根拠のない負担に対して、金丸信防衛庁長官が、「思いやりの立場で対処すべき」と答弁したことに由来しています。
その規模は広範かつ巨額で、30年間で5兆円を超える額が日本国民の税金から支払われています。一体なんのために?という素朴な疑問を元に、監督は神武寺駅、横須賀、沖縄、グァムへ突撃取材を行い、現地の人々の声を紹介します。
中でも印象的なのはアメリカのカリフォルニア州での街頭インタビュー。アメリカの話に置き換えて説明したパネルを見せながら、道行く人々にどう思うか問いかける監督。一通り感想を聞いたところで、実は日本の問題であることを打ち明けます。
「優先順位がめちゃくちゃ」「予算を国際開発や医療に回すべき」「日本はなぜ米軍にいてほしいのか?」と各国の人々がその理不尽さに驚くなか、日本からの旅行者が「そんなひどいことが起こっているなんて知らなかった」とつぶやくのでした。

映画上映に続くリラン・バクレーさんの講演会では、映画を撮影したきっかけや狙い、これからの展望についてお話しいただきました。
1980年に高校生1年生の時に初めて来日して以来、バクレーさんは日本の文化、人々の優しさに惹かれ続けてきました。日本での生活は既に20年を超え、現在は神奈川県の海老名市に在住、地元で英会話教室を開いています。
以前から米軍基地は生活のすぐ近くにありました。同じ神奈川県の綾瀬市に住んでいた頃には、毎日のように厚木基地から米軍の飛行機が頭上を飛んでいましたが、当時はそれほど問題意識を持っていなかったそうです。
考えが変わったのは、インターネット上である動画を目にした時でした。そこでは、アメリカ陸軍のヘリがバグダッドの上空から、何の武器も持たない市民を撃ち殺していたのです。自分の生まれ育った国の軍隊が海外で何をしているのかを目の当たりにしたショックで、数日間は夜も眠れませんでした。
それ以来、飛行機の音を聴くだけで、何のために訓練しているのか、日本の外でどこに爆弾を落としているのか、誰を殺しているのか、気になって仕方がなくなってしまったそうです。
趣味だった8ミリ映画作りの技術を活かし、米軍が世界でどんなことをしているのか、日本に基地がいくつあるのかなど、知識ゼロの状態から取材をスタート。
3年をかけて、ようやく映画「ザ・思いやり」が2015年に完成しました。1番の狙いは社会問題に普段関心のないような人たちに見てもらうこと。そのために、笑ってもいい、泣いてもいい、怒ってもいい映画作りを心掛けたといいます。
続編の「ザ・思いやりパート2 希望と行動編」、コメディアンの松元ヒロ氏と取材した「トランプのアメリカで希望と勇気を探す旅(仮)」、さらにベトナムの枯葉剤問題を取材した映画など、バクレー監督の意欲はとどまることがありません。
その中でも、今一番作りたいのは核兵器問題を扱った映画だそうです。誰が見ても、核兵器はおかしいと思ってもらえる映画、このように行動すれば核兵器は無くせるという確かな道筋を示した映画を作りたい、と監督はおっしゃっていました。

会場からは、「米軍の民間人虐殺に対して、米国内から批判の声が上がらないのか。あまりにむごい」「社会問題に対して“仕方ない”で済ませてしまいがちなのはどうしてか」など、さまざまな感想・意見が寄せられました。終了後に監督を交えた懇親会が行われ、日米関係や社会運動のあり方など、活発な意見交換が行われました。

<「ザ・思いやり」事務局からのお願い>
@「ザ・思いやり」1&2の上映会を各地域、機関でぜひ企画ください。
A松元ヒロ主演「トランプのアメリカで希望と勇気を探す旅」(仮題)への製作費をご支援いただけますと幸いです。
お問合せは「ザ・思いやり」事務局の佐藤 契 氏(090-2625-8775)まで。

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2018年02月05日

3/24(土)講座「戦争とこころ〜沖縄からの提言」

◆日時    3月24日(土)13時30分〜16時30分
◆場所     池袋生活産業プラザ701-702
       〒170-0013 東京都豊島区東池袋1-20-15
◆アクセス   池袋東口下車徒歩7分
◆講師     蟻塚 亮二 医師(精神科 医師)
◆参加費   一般 1000円 新医協会員 500円
◆主催    新医協(新日本医師会)
◆主催者HP  http://shinikyo.com/custom77.html



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2/25の講演会のご案内です

2月25日(日) 13:30〜17:00  渋谷 光塾にて講演会
臨床医であり「3.11甲状腺がん子ども基金の顧問」である牛山元美さんに、
「臨床医が語る、原発事故からの7年?子どもの甲状腺がんは? 健康被害は?」 
として、原発事故がもたらした健康被害の実際を語っていただきます。

また、原発事故被害者を真に救済するためのチェルノブイリ法日本版制定に向けて
「さよなら孤独、気立てのよい喜怒哀楽の法、チェルノブイリ法日本版制定への道」
として、柳原敏夫弁護士にお話していただきます。

入場料 500円 避難者は無料

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2018年01月18日

2/3(土)第30回反核医師の会 総会・記念講演のお知らせ

第30回反核医師の会 総会・記念講演のお知らせです。

在日米軍の駐留経費を日本政府が負担する「思いやり予算」。その不条理と矛盾をさまざまな視点から、時に笑いや涙を交えてコミカルに問いかけるドキュメンタリー映画「ザ・思いやり」の上映会を行います。
当日は、監督のリラン・バクレーさんにお越しいただき、映画を撮るまでのいきさつや撮影の中で見えてきたこと、日米関係の問題点、日本の社会に対する思いについてお話をうかがいます。
奮ってご参加ください。

総会・記念講演には会員外の方も参加できますので、皆様、ふるってお申込ください。

■日時 2018年2月3日(土)
   15:00〜16:00  総会
   16:00〜18:00  記念講演
   ●「思いやり予算と日米関係のこれから‐映画『ザ・思いやり』上映会&講演会」

■講師 リラン・バクレー 監督

■会場 東京保険医協会 セミナールーム →地図こちら

     東京都新宿区西新宿3-2-7 KDX新宿ビル4F(JR新宿駅南口より徒歩12分)

■参加費 無料(要予約)

■申込み連絡先 東京反核医師の会事務局(東京保険医協会内 担当:山本麻子、江島、野中)
      TEL 03−5339−3601
      FAX 03−5339−3449

※なお、講演会終了後、18:30〜懇親会を行います(別途会費が必要です)。引き続きご参加いただける方は事務局までご連絡ください。
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2018年01月09日

沖縄での米軍ヘリの事故、トラブル多発

1月6日、普天間所属のUH1Yヘリが沖縄県うるま市伊計島に不時着しました。
さらに2日後の1月8日には、沖縄県読谷村の廃棄物最終処分場に米海兵隊普天間基地(宜野湾市)所属のAH1攻撃ヘリ1機が不時着しました。現場近くにはリゾートホテルがあります。

沖縄では、2016年12月に名護市の浅瀬でオスプレイが大破する事故が起きてから、アメリカ軍の軍用機による事故やトラブルが20件以上起きています。
最近では、先月、宜野湾市の小学校のグラウンドに、普天間基地を離陸した大型ヘリコプターから重さ8キロ近い窓が落下する事故が起きています。
昨年末にも同基地所属のCH53Eヘリが小学校の校庭に窓を落下させるなど、異常なペースで事故を頻発させています。

こうした事故を放置しておけば、いつか大事故につながることは明らかです。
事故の正確な原因は不明ですが、米連邦議会の軍事委員会や米国防総省は2017年12月、軍事予算の制約・削減が整備などに深刻な影響を与えていると指摘しています。
米国防総省は機体を十分に整備できていないと認めていることを、日本政府は重く受け止めるべきです。
事故を起こした機種だけでなく、全機種の飛行を停止して安全点検を求める必要があります。
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2017年12月13日

ICANノーベル平和賞受賞記念講演(サーロー節子さん)

先日ご案内したとおり、12月10日、ノルウェーのオスロでICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のノーベル平和賞受賞式が行われました。
受賞にあたっての、広島で被爆したサーロー節子さんの記念講演の全文をここにご紹介します。
自らの悲惨な被爆体験、核兵器の非人道性、核抑止論の不毛さ、核の傘にすがる国々への批判、そしてこれからの核廃絶運動への力強い決意がこめられています。ぜひご一読ください。

【サーロー節子さん講演全文】
 皆さま、この賞をベアトリスとともに、ICAN運動にかかわる類いまれなる全ての人たちを代表して受け取ることは、大変な光栄です。皆さん一人一人が、核兵器の時代を終わらせることは可能であるし、私たちはそれを成し遂げるのだという大いなる希望を与えてくれます。

 私は、広島と長崎の原爆投下から生き延びた被爆者の一人としてお話をします。私たち被爆者は、70年以上にわたり、核兵器の完全廃絶のために努力をしてきました。

 私たちは、世界中でこの恐ろしい兵器の生産と実験のために被害を受けてきた人々と連帯しています。長く忘れられてきた、ムルロア、インエケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニなどの人々と。その土地と海を放射線により汚染され、その体を実験に供され、その文化を永遠に混乱させられた人々と。

 私たちは、被害者であることに甘んじていられません。私たちは、世界が大爆発して終わることも、緩慢に毒に侵されていくことも受け入れません。私たちは、大国と呼ばれる国々が私たちを核の夕暮れからさらに核の深夜へと無謀にも導いていこうとする中で、恐れの中でただ無為に座していることを拒みます。私たちは立ち上がったのです。私たちは、私たちが生きる物語を語り始めました。核兵器と人類は共存できない、と。

 今日、私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。

 米国が最初の核兵器を私の暮らす広島の街に落としたとき、私は13歳でした。私はその朝のことを覚えています。8時15分、私は目をくらます青白い閃光(せんこう)を見ました。私は、宙に浮く感じがしたのを覚えています。

 静寂と暗闇の中で意識が戻ったとき、私は、自分が壊れた建物の下で身動きがとれなくなっていることに気がつきました。私は死に直面していることがわかりました。私の同級生たちが「お母さん、助けて。神様、助けてください」と、かすれる声で叫んでいるのが聞こえ始めました。

 そのとき突然、私の左肩を触る手があることに気がつきました。その人は「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 蹴り続けろ! あなたを助けてあげるから。あの隙間から光が入ってくるのが見えるだろう? そこに向かって、なるべく早く、はって行きなさい」と言うのです。私がそこからはい出てみると、崩壊した建物は燃えていました。その建物の中にいた私の同級生のほとんどは、生きたまま焼き殺されていきました。私の周囲全体にはひどい、想像を超えた廃虚がありました。

 幽霊のような姿の人たちが、足を引きずりながら行列をなして歩いていきました。恐ろしいまでに傷ついた人々は、血を流し、やけどを負い、黒こげになり、膨れあがっていました。体の一部を失った人たち。肉や皮が体から垂れ下がっている人たち。飛び出た眼球を手に持っている人たち。おなかが裂けて開き、腸が飛び出て垂れ下がっている人たち。人体の焼ける悪臭が、そこら中に蔓延(まんえん)していました。

 このように、一発の爆弾で私が愛した街は完全に破壊されました。住民のほとんどは一般市民でしたが、彼らは燃えて灰と化し、蒸発し、黒こげの炭となりました。その中には、私の家族や、351人の同級生もいました。

 その後、数週間、数カ月、数年にわたり、何千人もの人たちが、放射線の遅発的な影響によって、次々と不可解な形で亡くなっていきました。今日なお、放射線は被爆者たちの命を奪っています。

 広島について思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは4歳のおい、英治です。彼の小さな体は、何者か判別もできない溶けた肉の塊に変わってしまいました。彼はかすれた声で水を求め続けていましたが、息を引き取り、苦しみから解放されました。

 私にとって彼は、世界で今まさに核兵器によって脅されているすべての罪のない子どもたちを代表しています。毎日、毎秒、核兵器は、私たちの愛するすべての人を、私たちの親しむすべての物を、危機にさらしています。私たちは、この異常さをこれ以上、許していてはなりません。

 私たち被爆者は、苦しみと、生き残るための、そして灰の中から生き返るための真の闘いを通じて、この世に終わりをもたらす核兵器について世界に警告しなければならないと確信しました。くり返し、私たちは証言をしてきました。

 それにもかかわらず、広島と長崎の残虐行為を戦争犯罪と認めない人たちがいます。彼らは、これは「正義の戦争」を終わらせた「よい爆弾」だったというプロパガンダを受け入れています。この神話こそが、今日まで続く悲惨な核軍備競争を導いているのです。

 9カ国は、都市全体を燃やし尽くし、地球上の生命を破壊し、この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けています。核兵器の開発は、国家の偉大さが高まることを表すものではなく、国家が暗黒のふちへと堕落することを表しています。核兵器は必要悪ではなく、絶対悪です。

 今年7月7日、世界の圧倒的多数の国々が核兵器禁止条約を投票により採択したとき、私は喜びで感極まりました。かつて人類の最悪のときを目の当たりにした私は、この日、人類の最良のときを目の当たりにしました。私たち被爆者は、72年にわたり、核兵器の禁止を待ち望んできました。これを、核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。

 責任ある指導者であるなら、必ずや、この条約に署名するでしょう。そして歴史は、これを拒む者たちを厳しく裁くでしょう。彼らの抽象的な理論は、それが実は大量虐殺に他ならないという現実をもはや隠し通すことができません。「核抑止」なるものは、軍縮を抑止するものでしかないことはもはや明らかです。私たちはもはや、恐怖のキノコ雲の下で生きることはしないのです。

 核武装国の政府の皆さんに、そして、「核の傘」なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さんに申し上げたい。私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そして、あなたたちの行動こそ重要であることを知りなさい。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです。私たちは皆、悪の凡庸さに気づかなければなりません。

 世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願します。核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。

 私は13歳の少女だったときに、くすぶるがれきの中に捕らえられながら、前に進み続け、光に向かって動き続けました。そして生き残りました。今、私たちの光は核兵器禁止条約です。この会場にいるすべての皆さんと、これを聞いている世界中のすべての皆さんに対して、広島の廃虚の中で私が聞いた言葉をくり返したいと思います。「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」

 今夜、私たちがオスロの街をたいまつをともして行進するにあたり、核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、前に進み続け、この光を分かち合い続けます。この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。
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伊方原発3号機に運転差し止め仮処分(12/13、広島高裁)

 広島高裁は本日、広島市の住民たちが定期検査中だった四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めた仮処分申請の即時抗告審で、運転差し止めを命じる決定を出しました。
 東京電力福島第1原発事故の後、高裁段階で運転差し止めを命じた司法判断は初めてです。

 伊方原発は瀬戸内海を挟んで広島市から約100キロの距離にあります。3号機は昨年8月に再稼働し、定期検査のため今年10月に停止。四国電は来年1月22日の発送電再開を目指していました。
 広島地裁では3月、原子力規制委員会が定めた新規制基準は「不合理とは言えない」と判断し、住民側の仮処分申請を却下していました。
 今回の高裁の野々上裁判長も、基準地震動(想定される地震の揺れ)の策定方法など、火山以外の争点については「新規制基準は合理的」と判断しましたが、その上で、伊方原発から約130キロ離れた阿蘇カルデラ(熊本県)で約9万年前に起きた巨大噴火を検討。
 四国電が伊方原発周辺で実施した地質調査やシミュレーションでは、火砕流が敷地に到達した可能性が小さいとは言えず、「原発の立地は認められない」と判断しました。
 今回、野々上裁判長は、仮処分は証拠調べの手続きに制約があり、差し止め訴訟が係争中の広島地裁が異なる判断をする可能性もあるとして、運転停止期間を来年9月30日までとしています。
 
 仮処分決定は直ちに効力が生じるため、四国電は決定が覆らない限り、定期検査が終わっても運転を再開できません。四国電は異議を申し立てる方針とのことです。
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2017年12月11日

ドキュメンタリー映画・「OKINAWA1965」

以前もご紹介した映画「OKINAWA1965」が、
2月4日(日)@18時〜20時、A20時15分〜22時15分に
渋谷アップリンクで上映会・完成記念イベントがあります。
※ 都鳥伸也監督、都鳥拓也カメラマン、嬉野京子さん(報道写真家)、
小林タカ鹿さん(ナレーター)、太田いず帆さん(朗読)、悠雲さん(朗読)
による舞台挨拶が予定されています。
http://longrun.main.jp/okinawa1965/theater.html

この作品では米軍トラックによる女児轢殺事件の写真を撮影した
嬉野京子さんの沖縄取材の半世紀が描かれています。
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2017年12月08日

12/10にICANのノーベル平和賞授賞式が行われます

今年のノーベル平和賞受賞が決まった国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)。
いよいよ12月10日にノルウェー・オスロで授賞式が行われます。既に関係者はオスロにむけて出発しており、その中には広島・長崎の被爆者代表20人も含まれています。

今回のICAN受賞の最大の意義を、国際運営委員の川崎哲さんは「核兵器禁止条約の存在とICANの活動を広く知らせることができた点」とし、「受賞で終わらせず、ここからが始まりと最大限訴えたい」と述べています。
https://mainichi.jp/articles/20171207/k00/00m/040/112000c
ベアトリス・フィン事務局長はAFP通信のインタビューに対して、タバコ問題を例に挙げ、「かつて事務所でたばこを吸いつつ仕事をするのは普通の光景だったが、今では非常識になった。室内での喫煙を禁止したからだ」と述べています。「核反対もそれ以外の問題も、とにかく動けば動かせると多くの人たちに刺激を受けてほしい。変えることは可能だ」

授賞式当日には、ピースボートセンターとうきょうで20:45〜22:30にかけて、
パブリックビューイングが行われます。
オスロでの授賞式の様子や、世界各所で同じようにパブリックビューイングを行っているところと
ネット中継でつなげ、受賞を盛り上げようと企画されています。

また、それに先立って、【Yes!ICAN】というコピー/ハッシュタグを用いてのキャンペーンが
行われています。
詳細こちら→http://peaceboat.org/yes-ican/
1. ご自身で「#YesICAN」と書いたメッセージボードを用意して写真を撮る。
2.「#YesICAN」キャンペーン公式メッセージボードを持って写真を撮る。
公式メッセージボードをダウンロード
3. 動画の場合:核兵器のない世界や核兵器禁止条約に関する『一言メッセージ』を「核兵器のない世界にYES!」あるいは「核兵器禁止条約にYES!」で締めて最大10秒でアップしてください。
ハッシュタグ「#YesICAN」 を付けて、TwitterやFacebook、Instagramに投稿してください。投稿されたものの一部は、随時、本ウェブサイトで紹介します。また本キャンペーンに賛同してくださった、多くの著名人の方のメッセージ等も掲載いたします。

核兵器禁止条約に背を向け続けている日本政府。
川崎さんの言葉のとおり、「これからがはじまり」です。
今回の授賞を「核兵器をなくそう」の世論を広げていくきっかけとして、核兵器禁止条約への参加を求める運動を続けていく必要があります。
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2017年11月09日

11/4〜5 第28回反核医師のつどいin東京

 11月4、5日に第28回「反核医師のつどい」が全労連会館で開催され、医療従事者や医学生、一般の方を含めて192人が参加しました。
 今年は反核医師の会創設30周年にあたる年で、1日目の冒頭には、会の30年のあゆみについて、スライドとともに解説を受けました。
 続いてのシンポジウムでは、日本原水協事務局次長の藤森俊希さん、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の国際運営委員でピースボート共同代表の川崎哲さん、ヒバクシャ国際署名キャンペーンリーダーの林田光弘さんの3人にお話いただきました。核兵器禁止条約締結、ICANのノーベル平和賞受賞という歴史的な出来事を受けて、非常に活気のある会でした。
 川崎哲さんからは、核兵器禁止条約成立の経緯と意義、そして今後の課題についてお話がありました。交渉会議において市民社会の働き、被爆者の証言が果たした役割が非常に強かったこと、条約が「核保有国が核兵器を廃絶し、それを検証するプロセス」を条文化した初の条約であることなどを強調されていました。また、今後の課題として、署名・批准の推進、条約の広報活動、核の傘の下の国々の核政策の見直しなどの他に、企業・金融機関等への働きかけを挙げていたのが印象的でした。ICANもこれまで契約していた銀行が核兵器開発に資金援助をしていたことから、契約先を変更する見込みだそうです。
 藤森俊希さんからは、ご自身の被爆体験と原爆による被害の実状、その後のGHQによる被害の隠ぺいと、日本政府の棄民政策、1956年に被団協が結成されてからの経緯などについてお話いただきました。GHQの指示に基づいて、240カ所に設置されていた救護所が撤去されたという話はあまりに悲惨で、原爆投下の後にも非人道的な行いが続いていたことを改めて痛感しました。「自らを救うとともに、人類の危機を救う」という、結成時の決意は、今でも被団協の行動原理として強く生きているとのことでした。
 林田光弘さんからは、「核兵器廃絶の運動を一般化していくために」というテーマでお話いただきました。身内に戦争経験者がいなくなっている現代の子どもたちの間では、平和に関する基礎的な認識が共有されていない問題があります。平和教育についても「なぜそれが必要なのか」が了解されていなければ、かえって逆効果になってしまうと訴えました。核兵器廃絶を夢にしないためには、明確なビジョンを持ち、そのプロセスを具体的な活動につなげることが大事です。署名は路上で多くの人々と対話をすることができるツールであり、普遍的な価値のある運動だとお話していました。
 シンポジウムの後は、IPPNWヨーク大会について参加者からの報告を受け、その後懇親会が行われました。

 2日目は2会場に分かれての分科会が行われました。
 第1分科会では、第1分科会「ヒバクシャは語る、ヒバクシャから学ぶ」として、被爆者の児玉 三智子さん、久保山 栄典さん、被爆者相談員の村田 未知子さんのお話を伺いました。あらためて原爆は非道であり、生き残ったとしても人生を狂わせてしまうものであるということを感じました。戦後72年を経て、被爆者のお話を直接聞くことができる時間は残りわずかとなっています。原爆の記憶を風化させず、次世代に引き継いでいくための活動が必要だと思いました。
 第2分科会では「避難指示解除後の福島は今」と題して、生協いいの診療所の松本純医師、希望の牧場・ふくしま代表理事の吉澤正巳氏の2人の講演が行われました。
 福島在住のお二人から見える、それぞれの福島の現実、帰還、避難、再建に対する見方の違いと共通点が印象に残りました。原発事故による地域の破壊、また原発が福島の地にもたらした歪みについて(事故の以前から続いていたものも含めて)、あらためて考えさせられる講演でした。

 2日間を通じて、非常に実りの多い会でした。次回のつどいは長崎で開催予定です。
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2017年10月30日

10/26 10/26、向山代表世話人の講演「大田病院被爆者健診30年のあゆみ」が行われました。

 10月26日、大田区産業プラザPioにて、「大田病院被爆者健診30年のあゆみ」と題して、本会の向山新代表世話人の講演が行われました。
 この講演は民医連主催の職員後期研修会の中で行われたもので、被爆者援護法にもとづいた「被爆者」の定義から、被爆者健康診断や医療給付などの制度的な説明、また放射線の人体への影響についての簡単な解説の後、大田病院での被爆者集団健診の取り組みについて説明が行われました。

 大田病院で被爆者の集団健診が初めて行われたのは1985年です。向山医師は、研修医2年目にして集団健診の担当医に指名され、被爆者の現状や健診制度、手当の仕組みなど基本的なところから東友会の相談員の方から丁寧に手ほどきを受けたそうです。
 当時は被爆者の多くはまだ働き盛りの世代で、平日には健診を受けにくいという声を受けて、日曜日に開催することになりました。「単なる健診ではなく、私たち自身が学ぶ機会にしたい」そうした思いから、若い職員を中心に1人1人の被爆者のお話に耳を傾けました。健診の後には食事をとりながら、被爆者の体験を聞いたり、職員が感想を述べるなどの交流を行いました。その中で、被爆者の方から「身体だけでなく心まで診てもらいました」などの思いがけない言葉を寄せてもらって感激し、この経験が反核医師の会の活動に足を踏み入れるきっかけになったということです。
 健診の問診で、手当の受給の有無も聴き取り、手当を受けていない場合には相談員が病状をさらに問診して、医師が診断書の記載を行うようにしました。そうした活動の結果、健康管理手当の受給数が大幅に増加、東京都の平均を上回るようになったそうです。

 続いて、原爆症認定の歴史について解説に入りました。原爆症の認定には高いハードルがあり、国は放射線による障害に限定し、またDS86にもとづいた「原因確率」のもとに切り捨ててきました。これは、自分の病気が原爆によるものだと認めてほしいという被爆者の想いを真っ向から否定するものでした。
 2003年から始まった原爆症認定集団訴訟では、原爆による健康への影響を医療者の立場として証言する形で、協力を行ってきました。裁判の経過で、新しい審査の方針が打ち出されたものの、数字の基準で線引きを行おうとする傾向は今も変わっておらず、今もたたかいはノーモアヒバクシャ訴訟と名前を変えて続いています。
 
 現在、被爆者の年齢は80歳と高齢化して、人数も1980年の37万人から16万人と減少しています。しかし、若年で被爆した方々ががん年齢となっていることや、被爆二世の問題などもあり、被爆者医療はこれからも必要な取り組みです。「被爆者健診は、被爆者医療や平和について関心を持つ良い機会であり、若い医師・職員も巻き込んで広めていくことが必要」と述べて、講演を結びました。

 当日は、長崎で被爆した92歳の被爆者、米田チヨノさんの講演や、午後には「私たちの実践とSDHの視点」(Social Determinants of Health)と題した講演も行われ、大変意義の深い研修会でした。

 
 
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2017年10月27日

ドキュメンタリー映画・「OKINAWA1965」

映画「OKINAWA1965」のご紹介です。
12月10日が江戸川区で先行上映された後、
2月以降、自主上映がなされる予定です。

米軍トラックによる女児轢殺事件の写真を撮影した
嬉野京子さんの沖縄取材の半世紀が描かれています。

公式HP http://longrun.main.jp/okinawa1965/index.html
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11/1(水)今こそ聞こう・被爆者の声(ICANノーベル平和賞・受賞記念企画)

●日時     2017年11月1日 19:00〜20:15(開場18:30)
●場所    ピースボートセンターとうきょう
       東京都 新宿区高田馬場3-13-1-B1
●アクセス  JR/西武新宿線/地下鉄東西線 高田馬場駅 早稲田口より徒歩7分
●予約方法  予約ボタンまたはお電話にて03−3363−7561(10:00−19:00)
●講師    三宅 信雄さん
●参加費    500円
●予約申込  http://peaceboat.org/21080.html
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2017年10月13日

11/4〜5反核医師のつどいのご案内

以前の記事でもご案内しましたが、いよいよ今年の「反核医師のつどい」まで一カ月を切りました。
核兵器禁止条約の締結、ICANのノーベル平和賞受賞などを受けて、熱い会になることが予想されます。
シンポジストとして、ICANの国際運営委員の1人、川崎哲さんも参加予定です。
ぜひ奮ってご参加ください。

詳細はこちらからどうぞ

日時:2017年11月4日(土)〜5日(日)
場所:東京・お茶の水 平和と労働センター・全労連会館2階
メインテーマ:結成30年 被爆の実相に立ち返り 核なき世界を

<11月4日 スケジュール>
14:00‐14:15 開会挨拶
14:15‐14:30 ティルマン・ラフIPPNW共同代表(ビデオメッセージ)
14:30‐15:00 反核医師の会30年の歩み 中川武夫共同代表

15:00‐17:00 シンポジウム「核兵器禁止条約から核兵器の廃絶を」
【パネラーとテーマ】
・日本原水爆被害者団体協議会 事務局次長 藤森俊希氏
 被爆者の立場から--被爆の実相--
・ピースボート共同代表 川崎哲氏 
核兵器禁止条約成立を経て、今後の動きをどう見るか
・ヒバクシャ国際署名キャンペーンリーダー 林田光弘氏
若い世代の核廃絶運動--核廃絶運動を一般化していくために--

17:00‐17:30 IPPNWヨーク大会の報告
18:30−20:30 レセプション

<11月5日 スケジュール>
9:00―11:30 分科会
第T分科会 ヒバクシャは語る ヒバクシャから学ぶ
 〜語り手〜
*児玉 三智子さん(日本被団協事務局次長)
*久保山 榮典さん(埼玉県原爆被害者協議会【しらさぎ会】副会長)
〜被爆者の相談活動に従事されてきた観点から〜
*村田 未知子さん(一般社団法人 東友会)
第U分科会 避難指示解除後の福島は今
講師:松本純医師 他

11:30―12:00 全体集会
分科会報告、まとめ、アピール採択、閉会挨拶
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