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2015年07月23日

「被爆電車物語」のご紹介

暑い日が続くと思ったら雨模様。皆様いかがお過ごしでしょうか。

広島県の青木克明先生から、
「被爆電車物語」(加藤一孝著:南々社)の書評をいただきましたので、
ご紹介いたします。

「被爆電車物語」が7月10日に発刊されました。加藤一孝 著 南々社 1500円。
著者の加藤さんは広島市こども文化科学館元館長で
日本路面電車同好会中国支部代表です。
現役の被爆電車651号を主人公に、広島の電車開業から被爆、復興の歴史を豊富な
写真をそえて、こどもでも理解できるように紹介しています。

昭和17年に軍の指導で大型鋼鉄製の650系電車5両が堺で製造されて広電に配備、
18年に広電家政女学校が開校、19年に軍からの依頼を受けて宮島線の一部区間を
単線化してレールを移動して広島駅―宇品港を直線で結ぶ比治山下線を複線化しています。

これらは軍都広島の人員輸送確保のためであったことがわかります。
郡部から309人の向学心の高い少女を集めて出征で手薄となった運行要員を
確保した広電家政女学校の設立にも軍の意思が働いていたとみるのが自然のように思います。

広電家政女学校の存在は堀川惠子さんがテレビ番組「チンチン電車と女学生」を発表するまで、
広電の社員ですら知らないできました。存在が伏せられたのは、進駐軍から戦争協力の
責任追及をされることを恐れた広電幹部の対応であったのではないでしょうか。

被爆3日目には一部区間で運行を再開して市民を元気づけましたが、
復旧作業には東京電信隊の軍人も参加しています。
「被爆電車は後方兵器であった」との認識も必要だと思います。


被爆電車652.jpg


posted by 東京反核医師の会 事務局 at 10:36| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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