★原水禁2016年世界大会 in 広島★
8/4〜6、現地からのレポートはこちら

2017年06月23日

5/26「核も戦争もない世界を!」特別試写会&原水爆禁止世界大会の分科会「映像のひろば」打ち合わせに参加しました。

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梅雨の季節になりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

1月以上前のことになりますが、5/26、全労連会館で、「核も戦争もない世界を!」DVD製作普及委員会主催の、特別試写会に出席しました。上映作品は@「永遠なる平和を〜原水爆の惨禍〜」(1954年)、A「戦争のない世界を 第3回原水爆禁止世界大会―1957東京―」(1957年)、の2本でした。
内容は、以下のとおりです。

・「永遠なる平和を〜原水爆の惨禍〜」
 1954年3月1日、アメリカ・ビキニ沖の水爆実験にて、日本の遠洋マグロ漁船第五福竜丸などが死の灰を浴び、乗組員の久保山愛古氏らは、急性放射能症と診断されました。政府がアメリカの核実験に協力を表明するなか、平和を求める人々は原水爆禁止署名運動をはじめ、ついに3000万筆の署名を集めます。
・「戦争のない世界を」
広島長崎の原爆被害から12年、被爆者は死の恐怖におののき、太平洋上では核実験が続いていました。原水爆への怒りは国民的な署名活動と募金運動となって、第三回原水爆禁止世界大会が準備されます。8月の10日間、東京で開催される世界大会に全国津々浦々から、あらゆる階層の幾万もの人々が集います。壇上には自民党までもが登壇し、エールを送ります。さらに、ジョセフ・ロットブラット博士をはじめ、世界25か国、95人もの各国代表が登場し、核も戦争もない世界を訴えます。

 個人的には、特に後半の「戦争のない世界を」が印象に残りました。原水爆をはじめ、戦争の記憶がまだ生々しく残っていたこともあるのでしょう。一般の市民が代表者に声援を送る様子など、平和への想いが人々の前提の感覚になっていたのが伝わってきます。しかし、その当時の熱気が伝わってくる分、逆に「現在」の社会の冷たさや、危機的な状況が浮き彫りになって、背筋の寒くなる思いもしました(一体いつから、平和を願うことは「政治的に偏っている」などと言われるようになってしまったのでしょうか)。

 さて、今年の8月7〜9日には、原水爆禁止世界大会in長崎が開催されます。
 試写会の後、この原水爆禁止世界大会のなかで東京反核医師の会が運営に協力している、分科会「映像のひろば」の準備について、打ち合わせを行いました。
 「映像のひろば」では、有原誠治監督のコーディネートで、映画鑑賞を通じて原水禁運動の歴史を学び、世界の核被害や、福島第一原発事故について参加者とともに意見交換を行います。
上映予定作品は、以下の3本です。
このなかでも「佐一の息子」は完全新作の映画です。乞うご期待。

@「佐一の息子」
 80歳の大内佐一氏は、核放射線に2回被曝した8人のうちの1人です。1945年広島原爆の被害者は、2011年3月の福島原発事故のメルトダウンの被害者となりました。家族とともに農業を営んでいた故郷は汚染地域となり、彼らはみずからのアイデンティティを含め、多くを失ってしまいました。佐一の息子、秀一は彼の家族とコミュニティを守る責任を負います。
A「ハンヒキヴィ・ワン」
 フィンランドのハンヒキヴィ半島に、ロシアが投資する原発ハンヒキヴィ・ワン計画が浮上します。原発予定地域に家族と住むハンナは、反原発運動に立ち上がります。
 建設予定の原発の燃料は、ロシアのマヤーク核施設で再処理されたもの。この施設が垂れ流す水域の放射線量は、チェルノブイリの3倍。その実態を告発する環境保護団体の女性は国外追放となってしまいます。
B「永遠なる平和を〜原水爆の惨禍〜」
 上記参照
posted by 東京反核医師の会 事務局 at 16:27| Comment(0) | 原水爆禁止2017年世界大会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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