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2017年10月30日

10/26 10/26、向山代表世話人の講演「大田病院被爆者健診30年のあゆみ」が行われました。

 10月26日、大田区産業プラザPioにて、「大田病院被爆者健診30年のあゆみ」と題して、本会の向山新代表世話人の講演が行われました。
 この講演は民医連主催の職員後期研修会の中で行われたもので、被爆者援護法にもとづいた「被爆者」の定義から、被爆者健康診断や医療給付などの制度的な説明、また放射線の人体への影響についての簡単な解説の後、大田病院での被爆者集団健診の取り組みについて説明が行われました。

 大田病院で被爆者の集団健診が初めて行われたのは1985年です。向山医師は、研修医2年目にして集団健診の担当医に指名され、被爆者の現状や健診制度、手当の仕組みなど基本的なところから東友会の相談員の方から丁寧に手ほどきを受けたそうです。
 当時は被爆者の多くはまだ働き盛りの世代で、平日には健診を受けにくいという声を受けて、日曜日に開催することになりました。「単なる健診ではなく、私たち自身が学ぶ機会にしたい」そうした思いから、若い職員を中心に1人1人の被爆者のお話に耳を傾けました。健診の後には食事をとりながら、被爆者の体験を聞いたり、職員が感想を述べるなどの交流を行いました。その中で、被爆者の方から「身体だけでなく心まで診てもらいました」などの思いがけない言葉を寄せてもらって感激し、この経験が反核医師の会の活動に足を踏み入れるきっかけになったということです。
 健診の問診で、手当の受給の有無も聴き取り、手当を受けていない場合には相談員が病状をさらに問診して、医師が診断書の記載を行うようにしました。そうした活動の結果、健康管理手当の受給数が大幅に増加、東京都の平均を上回るようになったそうです。

 続いて、原爆症認定の歴史について解説に入りました。原爆症の認定には高いハードルがあり、国は放射線による障害に限定し、またDS86にもとづいた「原因確率」のもとに切り捨ててきました。これは、自分の病気が原爆によるものだと認めてほしいという被爆者の想いを真っ向から否定するものでした。
 2003年から始まった原爆症認定集団訴訟では、原爆による健康への影響を医療者の立場として証言する形で、協力を行ってきました。裁判の経過で、新しい審査の方針が打ち出されたものの、数字の基準で線引きを行おうとする傾向は今も変わっておらず、今もたたかいはノーモアヒバクシャ訴訟と名前を変えて続いています。
 
 現在、被爆者の年齢は80歳と高齢化して、人数も1980年の37万人から16万人と減少しています。しかし、若年で被爆した方々ががん年齢となっていることや、被爆二世の問題などもあり、被爆者医療はこれからも必要な取り組みです。「被爆者健診は、被爆者医療や平和について関心を持つ良い機会であり、若い医師・職員も巻き込んで広めていくことが必要」と述べて、講演を結びました。

 当日は、長崎で被爆した92歳の被爆者、米田チヨノさんの講演や、午後には「私たちの実践とSDHの視点」(Social Determinants of Health)と題した講演も行われ、大変意義の深い研修会でした。

 
 
posted by 東京反核医師の会 事務局 at 18:13| Comment(0) | 活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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